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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)1799号 判決 1957年3月01日

原告 大杉俊一

被告 吉野正

主文

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は、原告の負担とする。

3、当裁判所が、昭和三一年三月一六日本件についてした強制執行停止決定は、これを取り消す。

4、この判決は、前項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が、訴外大杉幾久に対する東京地方裁判所昭和三〇年(ケ)第四五八号土地建物競売事件不動産引渡命令にもとづいて、昭和三一年二月一五日別紙目録記載の家屋についてなした強制執行は、これを許さない。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、「(一)被告は債権者被告と債務者訴外大杉幾久との間の東京地方裁判所昭和三〇年(ケ)第四五八号土地建物競売事件において、昭和三一年一月二四日別紙目録記載の家屋に対する不動産引渡命令を得て、同年二月一五日同庁執行吏遅沢喜平をして右命令の執行を開始せしめた。(二)しかし、右家屋は、もと、その敷地とともに訴外太田清の所有であつたが、原告において昭和二七年一〇年三一日右敷地とあわせて代金二五〇万円で買い取つたものである。もつとも、原告の妻大杉幾久は、右家屋についてほしいままに昭和二八年八月三日売買による所有権取得登記をしたうえ、昭和二九年二月四日被告の大杉幾久に対する貸金債権のために根抵当権を設定したけれども、これは、単なる登記名義人たるにとどまり、真実の所有者が原告であることにかわりはない。(三)かりに、右家屋が大杉幾久の所有にぞくするとしても、原告は、その妻幾久、二男達彦、三男英彦らとともに、昭和二七年一二月二七日いらい右家屋に居住し、旧民法の戸主にも相当すべき一族の筆頭者として、はた、一家の生活主宰者たる世帯主として、右家屋につき独立の占有をもつものである。(四)したがつて、原告は、まず、右家屋に対する所有権に基づき、予備的に、占有権に基づき、本件強制執行に対し異議を主張する。」と述べ、被告の主張に対し、「原告が右家屋について所有権取得の登記を経ていないことは、被告の主張のとおりであるが、しかし、被告は、右登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者ではない。」と述べ、立証として、甲第一号証から第四号証までを提出し、証人大杉幾久の証言並びに原告の本人訊問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、「請求原因(一)は認める。同(二)のうち、原告の妻幾久が右家屋について昭和二八年八月三日売買による所有権取得登記をしたうえ、昭和二九年二月四日被告の幾久に対する貸金債権のために根抵当権を設定したことは認めるが、その余は否認する。同(三)のうち、原告がその妻幾久、二男達彦、三男英彦らとともに昭和二八年八月頃から右家屋に居住していることは認めるが、原告が右家屋に対し独立の占有権を有することは否認する。」と述べ、さらに、「かりに、原告が昭和二七年一〇月三一日訴外太田清から右家屋を買い受け、いまなおその所有権者であるとしても、右所有権は、その登記を欠くから、これをもつて被告に対抗することはできない。」と述べ、立証として、乙第一号証から第五号証までを提出し、証人沖島鎌三の証言を援用し、甲第二号証の成立は不知と述べ、その余の同号証の各成立を認め、同第一号証及び第四号証を援用した。

理由

一  請求原因(一)の事実は、当事者間に争がない。

二  原告の本人訊問の結果により真正に成立したと認める甲第二号証によれば、売主訴外太田清と買主原告との間において、昭和二七年一〇月三一日右家屋とその敷地一一二坪一合九勺とをあわせて代金二五〇万円で売買する契約が成立したことが認められるから、他に特別の事情のない限り、原告は、右売買により右家屋の所有権を取得したということができる。

ところが、原告の妻大杉幾久が右家屋について昭和二八年八月三日売買による所有権取得登記をしたうえ、昭和二九年二月四日被告の幾久に対する貸金債権のために根抵当権を設定した事実は当事者間争のないところであり、この事実に証人沖島鎌三の証言をあわせると、原告は、満洲からの引揚者で、これといつた生業をもたず、世間の信頼をつなぎうるような人柄ではなかつたので、その妻幾久の信用において小料理屋を経営させ、それで一家の生計をたてることとし、右信用の裏附を与えるために、昭和二八年八月三日右家屋及びその敷地の所有権取得登記を幾久の名義でした後同人がその所有物件として右家屋及び敷地につき一番抵当権を設定して訴外某信用金庫から金一〇〇万円を、二番抵当として前記根抵当権を設定して被告から金九〇万円を借り受けるに至つた事情がうかがわれる。証人大杉幾久の証言並びに原告の本人訊問の結果中右認定にそわない部分は、証人沖島鎌三の証言に照らして当裁判所の信用しないところであり、ほかに反対の証拠はない。

そうすると、原告にしても、訴外大杉幾久にしても、被告に対しては本件家屋が訴外大杉幾久の所有でなく原告の所有であると主張するをえない筋合であるから、原告の所有権にもとづく主張は理由がないものといわなければならない。

三  かくて、右家屋は、被告に対する関係は、原告の妻幾久の特有財産にぞくするといわなければならない次第である。

そうして、原告がその妻子らとともに右家屋に居住していることは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証及び第四号証によれば、原告は、その戸籍の筆頭者であり、かつ、その世帯主であることが認められる。

ところで、戸籍筆頭者又は世帯主であるからといつて、ただちに、その戸籍又は世帯を同じくする妻の特有財産について占有権をもつことになる法律上の理由は、どこにもない。

なるほど、妻の無能力と妻の財産に対する夫の管理権を基調とした民法旧規定(旧八〇一条、七九九条)の下では、夫婦同居の場合に、妻の財産に対する夫の占有権は認められていたのである。しかし、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定された新民法のもとにおける夫婦財産制は、法定財産制として(民法七六〇条から七六二条まで、わずかに三箇条を規定したにすぎないが。)完全な別産制を採用し、妻の財産に対する夫の管理権を廃止したものと解するのを相当とし、妻の財産に対する夫の法律上当然の占有権限を認めるべき理由をみいだすことができない。したがつて、他に、特別の主張も立証もないのであるから、原告の右家屋に対する占有は、右家屋の所有者たる幾久の占有の範囲内においてその補助としておこなわれているというべきであつて、原告に独立の占有があるといえないというほかはない。原告の占有権にもとづく異議の主張もまた理由がない。

よつて、本件強制執行の排除を求める原告の請求は、失当として棄却し、民訴八九条、五四九条四項、五四八条一、二項により、主文のように判決する。

(裁判官 小川善吉 花渕精一 中川幹郎)

目録

東京都目黒区柿ノ木坂二番地

家屋番号同町一六〇番

一木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪 一九坪二合

二階 一一坪

(実測建坪三〇坪二合一勺二階一一坪)

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